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エネルギーを得るための犠牲

1995年に高速増殖原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)で起きたナトリウム漏れ事故をめぐり、内部調査を担当して自殺した男性の遺族が損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は遺族の上告を退ける決定をした。1月31日付。遺族の請求を棄却した一、二審判決が確定した。男性は、動力炉・核燃料開発事業団(当時)の総務部次長だった西村成生さん(当時49)。遺族側は「会見でうその発表を強いられ、死に追いやられた」として、動燃を引き継いだ日本原子力研究開発機構に約1億4800万円の賠償を求めていた。

日本の原発関連訴訟で、今まで最高裁での勝訴はない。

日本の司法制度の現状だ。「原発関連訴訟事態、そんなに行われていないのでは?」と思われる方も多いかもしれない。なぜなら新聞やテレビのソースには流れにくく、一般的に見聞きする機会が少ないと言うこともあるかもしれない。私自身、東日本大震災以前には、ほとんど耳に入ってくる事がなかった。原発を身近なものとしてとらえられなかった。
だが、実際には日本中で「原発訴訟」は行われている。それは原発誘致地の住民の叫びであり、原発労働者の苦痛や悲しみでもある。原子力発電は、クリーンで安全な発電方式なのではなかったのか?。

「経済のためだ。」と誰かが言う。

周辺住民や、携わる人々を犠牲にしてまで得られるエネルギーで国民を幸せにできるだろうか?。

風力発電や地熱発電、太陽光発電で、はたして、こんなに訴訟が起きるだろうか?。

原発訴訟の行われた数は”悲しみの数だ”

福島第一原発以外にも、原発訴訟を起こさせるほどに人々を不幸にしている原発がどれだけあるのか・・・

以下に、これまで行われた原発訴訟裁判、または準備中のものを調べてみた。



<日本のおもな原発訴訟>

・伊方原発訴訟 1973年1号機設置許可取り消し請求。1978年松山地方裁判所請求棄却。1992年最高裁判所原告敗訴確定。

・伊方原発2号機訴訟 1978年2号機設置許可取り消し請求。

・東海第二原発訴訟 1973年設置許可処分取消請求。1985年水戸地方裁判所判決。2001年控訴審判決。2004年最高裁決定。

・柏崎刈羽原発1号機の設置許可処分取り消し訴訟 1979年請求。1994年新潟地方裁判所請求棄却。2005年東京高裁控訴棄却。

・福島第2原発1号機の設置許可処分取り消し訴訟 1992年最高裁原告敗訴確定。

・福島第2原発3号機運転差し止め訴訟

・もんじゅ訴訟 1985年原子炉設置許可処分の無効確認、建設・運転の差止め請求。2005年最高裁で請求棄却が確定。

・泊原発1・2号機の運転差し止め訴訟 1999年札幌地方裁判所請求棄却、原発の推進と中止という二つの選択肢を挙げて「自分たちの子どもに何を残すのか。多方面から議論を尽くし、賢明な選択をしなければならない」と異例の言及。 

・志賀原発訴訟 1988年1号機建設差し止め請求。1994年金沢地方裁判所請求棄却。1999年名古屋高等裁判所控訴棄却。2000年最高裁で確定。

・志賀原発2号機訴訟 1999年建設差し止め請求。2006年金沢地裁請求認容の運転差し止め判決、住民側勝訴。

・浜岡原発訴訟 2002年1・4号機運転差し止め請求。2007年静岡地方裁判所請求棄却。名古屋高裁に控訴中。

・島根原発訴訟 1・2号機運転差し止め請求。2010年5月31日松江地方裁判所請求棄却。広島高等裁判所松江支部に控訴中。

・玄海原発プルサーマル裁判 2010年8月9日佐賀地方裁判所に提訴。

・上関原発入会権訴訟 →上関原子力発電所 事業としては現在小康状態にある

・六ヶ所村核燃料サイクル訴訟 →六ヶ所村核燃料再処理事業反対運動

・JCO臨界事故住民健康被害訴訟

・大間原発訴訟 函館地裁に国と電源開発㈱を相手取り原子炉設置許可の取り消しなど4件の訴訟を提訴



2月2日現在、全国の原発は3基しか動いていないが、電気は足りている。

再稼動させれば、必ず、どこかでまた不幸な事が起こるはずだ。

もし、また何かが起こったら・・・



◆参考

Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%99%BA%E8%A8%B4%E8%A8%9F

日本はチェルノブイリと同じ道をたどるのだと確信した

千葉県柏市根戸の市有地で毎時57・5マイクロ・シーベルトの高放射線量が検出された。

関東や福島で体調が悪化していると言う話をあちこちで聞かれるようになった事を心配し、NPO法人チェルノブイリへのかけはし代表の野呂美加さんが10月21日のブログでチェルノブイリで起こったことを詳細にまとめて下さった。

「チェルノブイリ症候群」
http://www.kakehashi.or.jp/?p=4475

先月私は「チェルノブイリ事故発生から25年間の健康被害まとめ」と言うブログを書いた。これを編集する為に
チェルノブイリで25年間に起こったことをネットで拾い出し、かなり長い時間をかけて全てを読んだ。実は編集した内容は、調査された年号がはっきり判っている事柄だけを抜き出し、まとめたものなので、実際には重要だとは思いながらも年号がはっきりしなかった為に記載できなかった内容が沢山あった。特にチェルノブイリ周辺国の子供達の体調不良に関することや病気について、「こんな症例まで・・・」と思うような驚くべき報告もあった。

野呂さんはチェルノブイリ原発事故被災児童を1ヶ月間、空気や水のきれいな日本で保養させる活動をずっと続けられて来た。保養を必要として日本に来た子供達に手を差し伸べ、子供達の異変を実際に見つめ続けて来た方だ。放射線によって人がどんなに傷つき犠牲になって来たのか、それを見続けてきた野呂さんが、今、日本人に対して”危機を感じなさい”と警告をしている。
野呂さんの書き出して下さった体の異変や病気はあまりにも多く、放射線の影響に関連付けられそうもないような、一般的な健康不良の症状も多い。「ただ最近体調が悪いだけだろう」と放射線の影響を見過ごしてしまう人がほとんどなのではないだろうか。
そう考えていたところ、福島原発事故後の体調の変化などの症状を皆で記録する「みんなのカルテ」と言うサイトを見つけた。このサイトの投稿内容を読んでいる最中に、私の頭の中に、広島の被曝医師・肥田舜太郎先生がおっしゃった「放射線の病気が始まってくるのは、恐らくこの秋から来年の春にかけて。たくさん出てくるだろうと私は想像しています。」と言う言葉が浮かんできた。
私は放射線医療の専門家でもなければ原子物理学に詳しい訳でもない。しかし、チェルノブイリに関する25年間の人体への影響に関する大量の記録と、野呂さんのブログの内容と、みんなのカルテの現在日本人に起こっている体調の変化を読んで日本はチェルノブイリと同じ道をたどるのだと確信した。

放射線に対する恐怖から来る先入観や思い込みなどから、自己の体調の変化を放射線と関連付けてしまった症例も多少あるかもしれない。また、全く違う原因で体調不良などに陥っている可能性もある。しかし、ウクライナやベラルーシ、ロシアなどでは実際に1986年以降、統計数としてはっきり判るほどの健康被害の増加が起こっている。

みんなのカルテ管理人の東田邦子さんは、同ホームページの”医療関係のみなさまへ”と言う冒頭の文章の中で、この様に述べている。

「あきらかに何かがおかしい」と感じる症状を抱える方の声を集め、ある時期を境に同時多発的に特徴的な症状が派生していることを理解できるようにすること、その全体像と関連を把握できるよう、誰もが公に共通認識を持てる環境を整えること、それが「みんなのカルテ」の目標の一つです。

余計な作業かもしれないが、「チェルノブイリ症候群」で野呂さんの書き出して下さった症例と、「みんなのカルテ」に寄せられている症状の中で、一致している症例を書き出してみる。「最近体調悪いな・・」と感じている多くの人々に少し考えて欲しいと思う。
尚、一致しているかどうかの判断は私の独断で行っている。詳しくは両サイトを直接閲覧されることをお勧めする。

「チェルノブイリ症候群」と、「みんなのカルテ」症例一致部分書き出し

・頭:頭痛、めまい

・粘膜:目、鼻、口、喉、声帯、関連の炎症が繰り返される。治らない口内炎、鼻血

・肺:咳、色のついたタンが止まらない。カラ咳。風邪と違う、あるいは繰り返す風邪。気管支炎

・胃腸:下痢あるいは軟便が長期にわたり続く。吐き気、嘔吐

・疲労感:眠くて仕方がない、今まで感じたことのないだるさ

・腎臓:膀胱炎

・皮膚:アレルギー症状の悪化、皮膚が弱くなる、傷が治りにくい、ヘルペス

・心臓:心臓が痛くなる、血圧異常。病院に行って心電図をとってもらうが異常がでない。息切れ

・関節痛、あるいは骨の痛み

・生理不順、出血異常。女性器に関するトラブル

・甲状腺の異常、腫れ

・リンパ節の腫れ

・発熱など、内分びつの異常

・持病が悪化する。市販の対処療法的な薬が聞かない。


◆参考

チェルノブイリへのかけはし(TOPページ)
http://www.kakehashi.or.jp/

みんなのカルテ(TOPページ)
https://sites.google.com/site/sos311home/

脱原発を地方から

以前、衆議院議員の河野太郎さんの講演を聞かせて頂いた時に、講演後の参加者からこんな質問がでた。「原発を止めたいけれど今の国会議員さん達は宛てにならない。河野さん、どうしたらいいですか?」河野さんは静かにこう答えた。「デモや署名だけでは原発は止められない。ご自分の選挙区の代議士に直接訴えかけるような努力が必要です。プレッシャーをかけてもダメだったら、ご自分が選挙に出るしかありません。誰かがやってくれるだろうなどと他人を当てにせず、自分に何ができるか一人一人が考え行動することが大事です。」

週間プレイボーイ紙で衆議院議員480人に対し「原発に関するアンケート」が行われた結果、衆議院議員の約8割は原子力発電の今後に「ノーコメント」‎だったそうだ。しかもきちんと答えてくれた議員はたった93名だったと言う。http://wpb.shueisha.co.jp/2011/10/03/7237/

政府や国の議員が今、原発問題を語ることはどうやらタブーの様だ。それだけ国会議員と電力会社の癒着が強いと言う事なのだろう。

ところで、この所、地方の議会が脱原発の意見書を国に提出したり、地方自治体の首長さんが、脱原発を表明し始めている。
特に静岡県や北海道の議会や首長さんが続々と脱原発を表明。国会議員の口は重いけれど、もしかしたら地方の首長や地方議員達を応援することで、脱原発を押し進める事ができるかもしれない。

以下に、脱原発について意見書を決議、採択された自治体や脱原発を表明された首長さんをあげてみたいと思います。あなたのお住まいの地域はどうですか?もしまだだったら、身近な地方の議員さんや首長さんに原発の危険さや怖さを、そしてあなたの思いをぶつけてみてください。


◆地方自治体に関連した脱原発の動き(※代表的なものをごく一部掲載しました。)

2011年4月 大阪府橋下知事、脱原発を表明「府県民の総力で原発を止めにかかりたい」

2011年4月 静岡県湖西市の三上元・市長「生涯をかけて原発を止める」と表明

2011年4月 神奈川県黒岩祐治知事「脱原発を進め太陽光発電でエネルギー革命を起こしたい」

2011年4月 川勝静岡県知事「脱原発へ緩やかに」脱原発依存を表明。

2011年4月 保坂展人・元衆議院議員。「脱原発」を掲げ、東京都世田谷区長に初当選

2011年5月 広島市・松井一実市長は政府に対して脱原発も含めたエネルギー政策の見直しを求めた。

2011年6月 大阪市平松市長「今しかいうべきときはない、脱原発を目指して皆さん力を合わせませんか?」

2011年6月 福島県・佐藤雄平知事「原子力に依存しない社会を目指すべきだとの思いを強く持つに至った」

2011年6月 福井県小浜市議会、原子力発電からの脱却を国に求める意見書を全会一致で採択

2011年6月 福井県越前市議会、エネルギー政策の抜本的な見直しなどを政府に求める意見書可決

2011年6月 茨城県つくば市議会、福島第一原発事故の早急な収束とエネルギー政策の転換を
        求める意見書、採択

2011年6月 神奈川県三浦市議会、原発から撤退して自然エネルギーへの転換を推進するよう
        国に求める意見書、可決

2011年6月 岩手県奥州市議会、原発からの撤退およびエネルギー政策の転換を求める意見書、可決

2011年7月 京都府綾部市の市議会、期限を定めて原発から脱却するよう国に求める意見書、可決

2011年7月 神奈川県大和市議会、脱原発を視野に入れてエネルギー基本計画を見直すよう
        求める意見書、可決

2011年7月 熊本県水俣市議会、原子力エネルギー政策を転換し自然エネルギー政策促進を
        求める意見書、可決

2011年8月 茨城県東海村・村上村長、脱原発を改めて表明 「原発を保有することは危険が大き過ぎる」

2011年8月 長崎県長崎市・田上市長「ヒバクシャを絶対につくらない、その道の行き着く先は原発ゼロだ」

2011年8月 兵庫県南あわじ市議会、原子力発電からの脱却とエネルギー政策の転換を
        求める意見書、可決

2011年9月 北海道ニセコ町議会、「北海道地域防災計画の早期見直しと北海道電力泊原子力発電所の
        段階的運転停止、計画的廃炉、第3号機プルサーマル発電計画の撤回を求める」意見書、可決

2011年9月 京都府向日市議会、原子力発電からの撤退を求める意見書を賛成多数で可決

2011年9月 京都府京丹後市議会、原子力発電からの脱却を求める意見書を全会一致で可決

2011年9月 静岡県浜松市・鈴木康友市長「牧之原市はすぐ近くに原発がある自治体で、
         永久停止を求める立場は一定の理解ができる」と述べた。

2011年9月 長崎県佐世保市議会、玄海原発を再稼働させないことを求める意見書を全会一致で可決

2011年9月 静岡県菊川市議会「住民の理解が得られない限り再稼働は認めない」との意見書を可決

2011年9月 静岡県牧之原市議会「安全・安心が担保されない限り永久停止すべきだ」との決議案を可決

2011年9月 静岡県榛原郡吉田町、田村町長は浜岡原発について「廃炉にすべきだ」と述べた。

2011年9月 静岡県藤枝市、北村正平市長「安全が担保されないならば、廃炉も含めた判断を」

2011年10月 静岡県焼津市、清水泰市長、浜岡原発を「永久停止」にすべきだとの考えを表明

2011年10月 福岡県糸島市議会、原子力エネルギーから自然エネルギーへの転換を推進するよう
         国に求める意見書、可決


尚、上記の内容は本当にごく一部です。たとえば、北海道では「原発(依存)からの撤退」「自然エネルギーへの転換」意見書採択自治体がすでに40に達しています。
http://nonuke-h.greenwebs.net/

チェルノブイリ事故発生から25年間の健康被害まとめ

東北地方太平洋沖地震が起きて半年になろうとしている。福島原発は収束の兆しが見えず、現在も放射性物質を拡散させている。マスコミや国の隠蔽により、国民への情報公開が進んでいない。しぶしぶ小出しに出してくる情報を見る度に”遅すぎる”と感じるのは私だけではないだろう。30日に文部科学省は、放射性物質の分布状況などについての調査「放射線量等分布マップ」のうち、「放射性セシウムの土壌濃度マップ」を作成、発表した。

セシウム137分布図

チェルノブイリ原発事故での強制移住基準(1平方メートル当たりの放射性セシウム137が148万ベクレル)を超える汚染濃度が測定されたのは、飯舘村、南相馬市を加えた計6市町村に上った。菅前首相が27日、「長期間にわたり住民の居住が困難になる地域が生じる」との見通しを示した地域が中心になる。海外のメディアは「フクシマはチェルノブイリよりも深刻な事故になった」と伝えているところもある様だ。広島の被曝医師・肥田舜太郎先生は「放射線の病気が始まってくるのは、恐らくこの秋から来年の春にかけて。たくさん出てくるだろうと私は想像しています。」と言う警告をされている。チェルノブイリ原発事故のその後をたどれば、現在、日本の大人達が子供達の為に何をしなければならないのかが見えてくるのはないだろうか。そう思い、WEBから拾えるチェルノブイリ原発事故後の子供達への放射線の影響について、25年間に起きた事を年代を追って調べてみた。日本のケースにそのまま当てはまる訳ではないかもしれないが、参考にしていただければと思う。

クリックすると拡大画像を表示します。

◆チェルノブイリ原発事故の発生から2011年までの周辺住民への健康被害

●1986年

・4月26日 ソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で原子力事故発生。

・4月27日 スウェーデンのフォルスマルク原子力発電所にてこの事故が原因の放射性物質が検出。
       チェルノブイリ周辺住民、約16万人が移住避難開始。

・4月28日 ソ連が事故を世界に公表。

・5月 3日 日本で雨水中から放射性物質が確認された。

・5月 6日 大規模な放射性物質の漏出は終わったとの見解をソ連政府が発表。

・爆発した4号炉をコンクリートで封じ込めるために、延べ80万人の労働者が動員された。203人が即座に入院し、内31人が死亡、28人が急性放射線障害だった。彼らは事故を収束させるべく集まった消防と救急の労働者。(Wikipedia)

・約1000キロ離れたチェコでは、1950年~1999年の期間、男児の出生率が51%~52%で推移しているが、1986年のみは50%を割り込んでいた。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)

・ウクライナでは86年以降、自然流産の主な原因である卵巣の機能低下が2.9倍となった。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)

●1987年(1年後) 

・1987年一部地域での小児甲状腺癌の増加が認められる(1995年 WHO調査結果。IAEAは否定)

・1987年1月にベラルーシでダウン症の子どもが急激に増えた。1986年4月の事故当時、母親はごく初期の妊娠時期だったと思われる。(ベラルーシ先天性疾患研究所)

・1987年にベラルーシでもっとも汚染の激しかったゴメル州では、出生率の有意な低下が見られた。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)

・1987年にベラルーシの死産率は、ドイツの4倍となった。スウェーデン、ポーランド、ハンガリー、ギリシャについても、ドイツの2倍ほどに上昇した。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)

・1987年3月、事故から約10か月後、イギリスのイングランド、ウェールズの一部では、周産期死亡(妊娠第22週~出生後7日未満)が2倍以上になった。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)

・ギリシャでは1987年年1月~3月、出生率が10%低下した。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)

・ドイツ、西ベルリンではチェルノブイリ事故翌年の1987年1月にダウン症の子どもが多く生まれた。(チェルノブイリとドイツ民主共和国 – 事実と隠蔽 その影響は今日まで至っているか?)

●1988年(2年後) 

・大人については糖尿病、慢性気管支炎、虚血性心疾患、神経系統の病気、胃潰瘍、慢性呼吸器系の病気などが、1988年には、それ以前に比べて2倍から4倍に増加。また、種々の機能失調、神経衰弱、貧血、扁桃腺や耳鼻咽喉系の慢性疾患などを持った子供たちの割合が著しく増加した。(1989年 IAEA非公式会議。ベラルーシの保健大臣からの報告)

・約1200キロ離れたクロアチアでは、86年末から87年初にかけて、また88年9月に死産が有意に増加。第2のピークは、汚染された牛肉を食べたことが原因の可能性。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)

●1989年(3年後)

・ベラルーシ共和国ゴメル州チェチェルスク市。子供たちの80%は免疫力が弱っていて、1989年この地方の子供たち600人を調べたところ60%に貧血症が見られた。その他、カタル(炎症のひとつ)が多く、頭痛、眠気、甲状腺肥大などの症状を持っている。(『チェルノブイリ5年目の報告 汚染大地』1990年 朝日新聞原発問題取材班)

●1990年(4年後)

・1987年に続きダウン症の子どもの増加がピークに。(ベラルーシ先天性疾患研究所)

・ベラルーシ,ウクライナ,ロシアのCIS3カ国で小児甲状腺ガンが急激に増加。

・ベラルーシのホメリ州とウクライナのキエフ州ににおいて1983年から1990年までのデータを用いて行われた調査では、事故後、新生児に低酸素症、新生児呼吸窮迫症候群、血液疾患などの罹病率の増加が見られ、この研究の結果、母親、胎児、子供の健康は妊娠女性と子供の各器官と体組織の適応異常や病理学的異常とともに放射線による著しい影響を受けていることが結論づけられた。(Wikipedia)

●1991年(5年後)ソ連崩壊

・1991年よりウクライナの死亡率が出生率を上回りはじめる。

・ベラルーシでの急性白血病、慢性白血病、ホジキン病は事故後最初の5年間が最も高い発生率を示した。

・ウクライナにおいて血液悪性腫瘍の発生は小児においては事故後5年が最も多かった。

●1992年(6年後)

・ベラルーシ国内で何らかの慢性疾患を持つ子供は、10.9%(1987年)から30.3%(1992年)に増加。(ベラルーシに国家登録されている子供たちの健康状態について、1987年~1992年データの予備的な解析)

●1994年(8年後)

・ベラルーシの放射能汚染地域における胎児と新生児の先天性疾患に対する国の遺伝子モニタリングのデータを用いた調査によると1982-1985年に比較して、事故以降の1987-1994年では、多発奇形、多指症、四肢減形成の頻度の増加が見られた。(Wikipedia)

●1995年(9年後)

・1976年と1995年のベラルーシの比較。悪性の腎臓腫瘍 男4倍以上、女2.8倍以上。悪性膀胱腫瘍 男2倍以上、女1.9倍以上。悪性甲状線腫瘍 男3.4倍以上 女5.6倍以上。悪性結腸腫瘍 男女とも2.1倍以上。放射線管理区域のゴメリ州では、腎臓ガン 男5倍、女3.76倍。甲状線ガン 男5倍、女10倍。(ゴメリ医大、バンダジェフスキー博士)

●1996年(10年後)

・ベラルーシの非ホジキン性リンパ腫、骨髄異形成症候群は事故後10年で最も高い発生率を示した。

・ウクライナにおいて事故後10~14年後に汚染地域での小児の急性白血病が増加した。

・ベラルーシの事故現場から200キロ以上離れた村で、子供達の23%が白内障にかかったり、失明したりしている。その村では84%以上の子どもたちに不整脈。多くの若者が心筋梗塞にかかっているような状況。80%の子どもが、胃炎や潰瘍を患っている。特にひどいのは12歳から15歳の子供達。胃の粘膜が萎縮し、70過ぎの老人のよう。(原子力物理学者ワシーリー・ネステレンコ)

●1997年(11年後)

・1997年に死亡した大人と子どもの内臓のセシウム137の分布について。大人は比較的平均してセシウムが内臓に分布。だが子どもは甲状腺に1200ベクレル(1kgあたり)の高い値のセシウムが蓄積している。大人では約400ベクレル。この他、大人は蓄積が少ないのに子どもは多いという内臓は、心筋(大人約150ベクレル、子ども約600ベクレル)、小腸(大人300ベクレル弱、子どもは700ベクレル弱)。(「人体に入った放射性セシウムの医学的影響」元ゴメリ医大の学長バンダジェフスキー氏)

●1998年(12年後)

・ベラルーシの健康な子供は2~5%しかおらず、発病一歩手前の不健康な子が60%、あとは恒常的に病気を抱えている。がんを中心に自己免疫異常や呼吸・循環器系疾患が増え、平均寿命は1985年の72.6歳から1998年は67.1歳にまで落ち込み、特に男性は62歳まで低下。甲状腺がんの発病者数は10年前(1977年)の75倍、汚染地帯のゴメリ州だけをみると200倍に達する。(医療施設側の説明や現地紙の記載)

・チェルノブイリ原発から80キロ西にあるウクライナの農業地帯のNarodichesky地区に住む子供は、事故から十年以上を経ていながら、慢性的な低線量被曝下にあり、1993-1998年の6年間にわたる追跡調査によると、土壌に含まれるセシウム137の濃度に比例して、赤血球、白血球、血小板の減少、ヘモグロビン濃度の低下が観測され、気道閉塞および拘束性肺機能障害の有意な増加が観測されている。(Wikipedia)

・1998年のゴメリ州の死亡率は14パーセント、出生率は9パーセント。妊娠初期の胎児死亡率が高く、新生児の一部は発育不全と先天障害者だった。新家庭で多くが子供をもっていないという。

●1999年(13年後)

・ベラルーシの乳がん発生数は1986年が1745例に対し、1999年には2322例に増加した。

●2000年(14年後)

・2000年までにロシアでは270万人が事故の影響を受け、カルーガで行われた検診では癌の症例が著しく増加していた。乳癌が121%、肺癌が58%、食道癌が112%、子宮癌が88%、リンパ腺と造血組織で59%の増加。(Wikipedia)

・ベラルーシでは1990-2000年の癌患率が40%増加した。最も汚染の強かったゴメリ州で52%と最も高かく、汚染の少なかったブレストとモギリョフ州で33.32%の増加だった。

・2000年4月26日の14周年追悼式典での発表によれば、ロシアの事故処理従事者86万人中5万5000人が、既に死亡しており、ウクライナ国内(人口約5000万人)の、国内被曝者総数342.7万人の内、作業員は86.9%が病気に罹っている。

●2001年(15年後)

・子供の甲状腺癌の発生率が1990年の2000例から2001年には8,000~10,000例に急激に上昇したと推定(ベラルーシ政府)

●2002年(16年後)

・ベラルーシで45~49歳における乳癌患率が1982年に比し2倍に増加した。

●2003年(17年後)

・被ばくした両親から生まれた10-14歳の女児において1993年から2003年の間に悪性新生物または良性新生物の罹患率の上昇を認めた。

●2004年(18年後)

・ウクライナでは2004年までに、事故の影響で流産・死産を起こしたと考えられる件数が5万件に達した。(2009年。ニューヨーク科学アカデミー)

・ベラルーシでは唇の欠陥や縮小と多指症および複数の先天性奇形は、低汚染エリアでは1990-2004年でピークを迎える。(ヤブロコフ「チェルノブイリ」)

●2010年(24年後)

・1991年に独立した当時のウクライナの人口は約5200万人だったが、2010年には約4500万人にまで減少している。(Wikipedia)

●2011年(25年後)

・チェルノブイリ2世。小学校4年生くらいでも昼間におもらししてしまう子供が増えている。ホルモン機能、神経細胞をいためるため。手や手首が欠損している子供たちが多い。脳の発達が遅い子どもが多く親の育児放棄も多い。その多くの子供は孤児院や施設に入っている。心筋梗塞で運び込まれる30代の若者も増加。セシウムは心臓にたまりやすい。特に男性にたまりやすい。突然死する人も多い。放射能のせいと医者はいわない。まだ科学も医学もおいついていない。(野呂美加氏 講演メモ)

・ウクライナのチェルノブイリ連合(NGO)は、現在までの事故による死亡者数を約73万4,000件と見積もっている。京都大学原子炉実験所の今中哲二によれば、チェルノブイリ事故の被曝の影響による全世界の癌死者数の見積りとして2万件から6万件が妥当なところとの見解を示しているが、たとえ直接の被曝を受けなくとも避難などに伴う心理面・物理面での間接的な健康被害への影響に対する責任が免責されるわけではないと指摘している。(Wikipedia)

・2011年、アメリカ国立衛生研究所の一機関であるアメリカ国立癌研究所による国際的な研究チームは、子供の被曝は、大人が被曝した場合に比べて甲状腺癌にかかるリスクが高く、さらにチェルノブイリ原発事故から25年経過しても依然として甲状腺癌の発症リスクが減少傾向に転じていないことを報告した。(Wikipedia)




◆参考

チェルノブイリ原子力発電所事故 - Wikipedia
http://j.mp/qdhigI

チェルノブイリ原発事故の影響 - Wikipedia
http://j.mp/oU3Hpp

勝毎ジャーナル
http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/belarus/1.html

ベラルーシにおけるチェルノブイリ原発事故後の小児甲状腺ガンの現状
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Sgny-J.html

チェルノブイリ原発事故によるベラルーシでの遺伝的影響
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Lazjuk-J.html

スリーマイル島、チェルノブイリ原発事故と被害の実態
http://www.nuketext.org/threemile.html

NHK「チェルノブイリ原発事故その10年後」ネステレンコ教授パート書き起こし
http://famasaki.com/japan/20110401010746/

olivennews
http://www.olive-x.com/news_ex/newsdisp.php?n=109795

ベラルーシの部屋ブログ
http://blog.goo.ne.jp/nbjc

ミンスク・シンポジウムでの報告より
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/JHT/JHT9502.html

チェルノブイリへのかけはし 野呂美加氏 講演メモ
http://www.facebook.com/note.php?note_id=123139101113072

白毫寺 春高
http://byakugoji.blog90.fc2.com/blog-entry-21.html

木下黄太のブログ
http://j.mp/raRgec

中村隆市ブログ 「風の便り」
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-5042

チェルノブイリ原発事故と発がんとの関連
http://ameblo.jp/md-traveler/entry-10843615183.html

Eisbergの日記
http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20110520/1305887529

2012.2.2 一部加筆
2012.2.4 一部加筆、修正

既存の電力会社を介さない。発電、送電を自前で行なう夢の街

経済産業省では新成長戦略における「グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略」の一環として「スマートグリッド」の構築を促進する実証実験を横浜市、豊田市、京都府(けいはんな学研都市)、北九州市などで行っている。
中でも北九州市で行われている「北九州スマートコミュニティ創造事業」は環境とエネルギーの理想形だ。
sg20100819-28-01.jpg
【八幡東区の実証実験地域】

驚くことに、この街の電力は、九州電力を経由せずに家庭や企業に届けられる。発電を独自に行い、電柱、送電線などの送電設備も「自前」で建てていると言う。まさに「発送電分離を行うとこんな街になる」と言う理想形だ。

残念な事に、ここは規制緩和を許された”特区”である。電気事業法が適用される通常地域では勝手に送電事業は行えない。

2002年に新日鉄八幡製鉄所の一部を区画整理し、住居や商業施設などが立地するエリアに生まれ変わった北九州市八幡東区の東田地区は「国内で初めて街づくりの機軸を環境で行った地域」である。八幡製鉄所の天然ガスコジェネレーション発電から地区内の家庭などに電力を直接、供給する体制を整えるなど、独自の施策を推進してきた。

2014年までには新たに対象地域内における電力の10%以上を、太陽光発電、燃料電池、小型風力やバイナリー発電などで供給する予定だ。もちろん供給元から供給先までは九州電力を介さない。

また八幡製鉄所の製鉄プロセスで発生する水素をパイプラインで店舗や公共施設、住居などへ供給する。家庭向けや自動車などの燃料電池のエネルギー源にも使う。製鉄所で発生する低温廃熱も活用。出力400キロワット程度と小型ではあるが、工場低温廃熱を使ったバイナリー発電を行う。従来は廃棄されていた低温廃熱を再利用するものだ。

本日、「再生エネルギー特別措置法」が成立した。自然エネルギーで発電した電力を電力会社が買い取るこの仕組は、発送電分離とは程遠い内容だ。私が再生エネルギーにこだわるのは、再生エネルギーの普及が進めば原発は不要になると信じているからだ。闇雲に「脱原発」を叫んでも一般にはなかなか受け入れられない。

先日ブログに書いた通り、電力会社は風力や太陽光の発電企業から電気を買い取らなくても良い事が再エネ法の例外規定で認められている。これでは再生エネルギー参入企業が育って行くわけが無い。

やはり原発から日本が抜け出すには発送電分離が必要だと思う。

電力会社やエネ庁のスポンサーであるマスコミではあまり報道されないとは思うが、九州在住の方は、ぜひ『発送電分離を実現した未来の街』を訪れてみて欲しい。

・・・まさにこれが日本の未来であってほしい。と、祈るばかりだ。

相変わらずTV、新聞では民主党の代表戦の話題ばかり。

私は現在の国民の議論が”発送電分離”へとシフトしていく事を望んでいる。
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Author:koujichin
神奈川在住。原発問題、環境問題などをTwitterでつぶやいています。子供達の未来を守りたい。

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